日本近世の版本における蔵版目録の研究
須原屋市兵衛の出版物を中心に

日本における近世商業出版活動は、法令文書、判決文書、組合文書、出版物などによって伺うことができる。御触書集成・撰要類集・御仕置例類書・徳川禁令考・市内取締類例集などの法令文書、判決文書が収められた資料を繙くことで、商業出版業に対してどのような政策が実行され、これらの資料に加えて商業出版業組合の規定書や名簿、各種記録簿などの組合文書を丹念にみることで、そのような社会状況のもと、どのような商業活動が展開されていたのか伺うことができる。また、出版物の質や量、すなわち内容の種類や出版点数を分析することで、市場が扱っていた商品の種類、すなわち市場を通して人々に受容されていた書籍の傾向や、市場の成立・拡大過程がわかる。

流通した出版物総体は、現存する書籍の書誌情報だけでは網羅できない。近世の記録が必要となる。記録としては、商業出版物の総目録および出版者の目録、開版・販売許可の記録簿、書籍広告、貸本屋の目録などが考えられる。しかし、商業出版物の総目録である「書籍目録」は、出版業が成立する近世初期から中期の記録が中心であり、開版・販売許可の記録簿である「開板御願書」「割印帳」は、近世中期以降の本屋仲間や書物問屋が取り扱う書籍の記録である。年代や書籍の種類において、すべての商業出版物が網羅できるわけではない。貸本屋の目録は商業出版物である書籍や写本された書き本を含めて、どのような書物が読書市場に供給されていたかわかる資料であるが、販売市場の記録ではない。

書籍広告は、書籍の巻末に付された出版物案内である。その種類としては、出版予告、著者単位の目録、主題単位の目録、蔵版目録などがあげられる。これらの資料について、長友千代治は『江戸時代の書物と読書』のなかで、「未刊本、伝本不明本、別書名や刊行年次などが推定されて、資料価値が高い」と評価しており、小泉吉永も「近世出版文化を研究する上で、蔵版目録が大きな意味をもつ」と『近世蔵版目録集成 : 往来物編』の出版に際し述べている。

蔵版目録は、その蔵版目録のついた書籍が市場へ出された時点での出版者の出版状況や板木保有状況がわかる資料である。応用すると、蔵版目録に記録されている出版者の出版状況や板木保有状況により、いつの時点でその書籍が市場に出たかがわかる。類似した蔵版目録の類型として、板木が違うものと、板木は同じだが改変されているものに別けられる。前者は、似て非なるものと、全く同じだが彫りの違うものがあげられる。後者は、蔵版者の出版事項が違うものと、掲載書籍が埋木・削除等で変化しているものがあげられる。今回の発表では、蔵版目録による分析事例として、似て非なるものと掲載書籍が埋木・削除等で変化しているものを使って得られた結果を報告する。

Zôhan Mokuroku as a source for the study of Publications in Early Modern Japan
with special reference to Publications of Suhara

Commercial publishing activity in early modern Japan can be explored from a range of sources: shojaku mokuroku, or catalogues of publications listed by author; lists of sale permits as recorded by publishing unions such as ‘Wariincho' in Edo; and advertisements featured on the last page of a book. Through the analysis of a few zôhan mokuroku that list published books and forthcoming publications of a publisher, this paper focuses on ways to establish the date of release of books on the market